千葉地方裁判所 平成4年(行ウ)32号 判決 1996年8月30日
原告
平賀英雄
右訴訟代理人弁護士
田村徹
同
山田由紀子
同
伊藤安兼
被告
地方公務員災害補償基金千葉県支部長沼田武
右訴訟代理人弁護士
橋本勇
同
石川泰三
同
岡田暢雄
同
滝田裕
主文
一 被告が平成二年一〇月一日付けで原告に対してした地方公務員災害補償法の規定による公務外認定処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
一 原告の主張
1 本件傷害の発生
原告は、船橋市の職員であり、運転手兼作業員として、ごみ収集車の運転とごみ収集作業に従事していたものであるが、平成二年三月九日午前九時一〇分ころ、船橋市丸山二丁目一一番四号付近路上のごみ収集所において、ごみ収集作業(以下、これを「本件公務」という。)に従事中、腰を曲げてごみ袋を手に持ちこれをごみ収集車のごみ投入口に投げ入れようとしたとき、腰部捻挫の傷害を負った(急性腰痛症いわゆるぎっくり腰)(以下、これを「本件傷害」という。)。
2 因果関係
本件傷害は、本件公務の遂行によって生じたものであるから、本件公務の遂行と本件傷害の発生との間には条件的因果関係及び相当因果関係がある。
仮に原告に第五腰椎分離症の基礎疾患があったとしても、本件公務の遂行と本件傷害の発生との間の相当因果関係は阻却されない。
3(一) 原告は、被告に対し、平成二年四月四日、本件傷害につき、地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定を申請したところ、被告は、同年一〇月一日付けで、本件傷害を公務外の災害であると認定する旨の処分をし(以下「本件処分」という。)、その旨を原告に通知した。
(二) そこで、原告は、本件処分を不服として、地方公務員災害補償基金千葉県支部審査会に審査請求をしたが、同審査会は、審査請求を棄却する旨の裁決をし、その旨を原告に通知した。
(三) 原告は、右裁決を不服として地方公務員災害補償基金審査会に再審査請求をしたが、同審査会は、平成四年一〇月二日付けで、再審査請求を棄却する旨の裁決をし、その旨を原告に通知した。
二 被告の主張
1 原告に本件傷害(腰部捻挫)が発生したかは疑問である。
2 仮に発生したとしても、本件傷害は、原告に存する第五腰椎分離症の基礎疾患を唯一の原因として発生したものである。
3 仮に然らずとするも、本件傷害は本件公務に起因するものではない。
(一) 災害補償制度は、労働者が使用者の支配管理下で労務を提供する過程において、その業務に内在する各種の危険性が現実化して負傷しまたは疾病にかかった場合に、使用者の故意過失等の主観的事情を一切問題とせず、使用者に労働者の損害を填補させようとするものである。
そうとすれば、その傷病の業務起因性すなわち業務と傷病との間の相当因果関係の有無は、経験則に照らし、当該業務に当該傷病を発生させる危険性が内在しているか否か、内在しているとすれば当該傷病はその危険性が現実化したものといえるか否か、によって決すべきものである。
(二) このような観点から、どのような場合に当該業務が当該傷病を発生させたといえるかにつき、医学的知見に基づいた「腰痛の公務上外の認定について」(昭和五二年二月一四日地基補第六七号理事長通知)及び「『腰痛の公務上外の認定について』の実施について」(同日地基補第六八号補償課長通知)が発せられている。その内容は、次のとおりである。
(1) 「腰痛の公務上外の認定について」(昭和五二年二月一四日地基補第六七号理事長通知)
ア 災害性の原因による腰痛
公務上の負傷(急激な力の作用による内部組織の損傷を含む。)に起因して発症した腰痛で、次の<1>及び<2>の要件のいずれをも満たし、かつ、医学上療養を必要とするものは、「公務上の負傷に起因する疾病」として取り扱う。
<1>腰部の負傷又は腰部の負傷を生ぜしめたと考えられる通常の動作とは異なる動作による腰部に対する急激な力の作用が、公務遂行中に突発的なできごととして生じたと明らかに認められるもの
<2>腰部に作用した力が腰痛を発症させ、腰痛の既往症を再発させ、又は基礎疾患を著しく増悪させたと医学的に認めるに足りるものであること
イ 災害性の原因によらない腰痛
(略)
(2) 「『腰痛の公務上外の認定について』の実施について」(昭和五二年二月一四日地基補第六八号補償課長通知)
ア 災害性の原因による腰痛
<1>「腰痛の公務上外の認定について」に記載された災害性の原因による腰痛を発症する場合の例としては、次のような事例があげられる。
a重量物の運搬作業中に転倒したり、重量物を二人がかりで運搬する最中にそのうちの一人の者が滑って肩から荷をはずしたりしたような事故的な事由により瞬時に重量が腰部に負荷された場合
b事故的な事由はないが、重量物の取扱いに当たって、その取扱物が予想に反して著しく重かったり、軽かったりしたときや、重量物の取扱いに不適当な姿勢をとったときに脊柱を支持するための力が腰部に異常に作用した場合
<2>公務の遂行に際し、何らかの原因で腰部に異常な内的な力の作用が加わったことによるいわゆる「ぎっくり腰」等の腰痛は、発症直後に椎間板ヘルニアを発症させ、又は症状の動揺を伴いながら後日椎間板ヘルニアの症状を顕在化させることもあるので、これらの椎間板ヘルニアを伴う腰痛についても、公務上の災害として取り扱う場合のあることに留意する。
<3>腰痛の既往症又は基礎疾患(例えば、椎間板ヘルニア、変形性脊椎症、腰椎分離症、すべり症等)がある場合で、腰痛そのものは消退又は軽快している状態にあるとき、公務遂行中に生じた災害性の原因により再び腰痛を発症させ、又は増悪させ、療養を要すると認められることもあるので、これらの腰痛についても、公務上の災害として取り扱うこととした。
<4>理事長通知の「災害性の原因による腰痛」に該当しない腰痛については、たとえ公務遂行中に発症したものであっても、「公務上の負傷に起因する疾病」には該当しない。
イ 災害性の原因によらない腰痛
(略)
(三) 右理事長通知「腰痛の公務上外の認定について」にいう「通常の動作とは異なる動作」とは、「当該職員の日常生活上の動作や通常の作業動作とは異なる動作」をいうものであって、それを認定要件としたのは、腰部は常に体重の負荷を受けながら屈曲、伸展、回旋等の運動をしているところ、腰痛を発生させる動作は当該職員の日常生活の中にも数限りなく存在しており、それと同じ動作を公務の遂行中にしたからといって、それから発生した腰痛を公務に起因する腰痛とみるのは妥当でなく、また、通常の作業動作は、当該職員において、その動作から生ずる腰部への急激な力の作用を予め回避することができるからである。
(四) そこで、これを本件についてみると、本件傷害(腰部捻挫)は右「災害性の原因による腰痛」にあたるものであるところ、本件傷害は、原告が平成二年三月九日午前九時一〇分ころにごみ収集所においてごみ袋を手に持ってこれをごみ収集車のごみ投入口に投げ入れようとしたときに発生したというのであるから、そうとすれば、それは、原告のごみ収集作業員としての通常の作業動作であり、あるいは、原告の日常生活上の動作と同じ動作である。したがって、本件公務の遂行が本件傷害を発生させたものとはいえないというべきである。
(五) 仮に右理事長通知をしばらくおくとしても、本件公務は腰痛発生の危険性を何ら内在するものではないのであり、また、原告のいう本件公務の遂行(腰を曲げてごみ袋を手に持ちこれをごみ収集車のごみ投入口に投げ入れようとした動作)は原告のごみ収集作業員としての通常の作業動作であり、原告の日常生活上の動作と同じ動作であるから、本件傷害をもって本件公務に内在する危険性が現実化したものとみることもできない。
(六) 結局、本件傷害は本件公務に起因するものとはいえず、本件傷害を公務外の災害と認定した本件処分は適法である。
第三当裁判所の判断
一 認定
証拠(<証拠・人証略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1(一) 原告(昭和四三年一〇月生)は、県立高校の定時制を卒業して、平成元年四月に船橋市職員となり、環境部東町事業所に配属されて、技能員(運転手兼作業員)として、ごみ収集車の運転とごみ収集作業(本件公務)に従事していた。
(二) 原告は、高校時代に陸上部に所属して、短距離や跳躍関係の選手として活躍した経験があり、本件受傷当時も積極的に陸上競技を行っていた。
2 ごみ収集作業
(一) 船橋市が直接行うごみ収集業務は、ごみ収集車によるいわゆる生活系ごみの収集であり、予め定められた収集順路に従い、運転手一名と作業員二名とが一組となって行うものである。収集作業員は、通常、ごみ収集所において、腰を曲げてごみ袋等を手に持ちこれをごみ収集車のごみ投入口に投げ入れるという動作を行うものであり、これを繰り返すものである。
(二) 原告の本件受傷当時のごみ収集作業は、概ね次のとおりであった。
(1) 月・水・金
午前八時三〇分 東町事業所を出発
八時四五分 丸山一丁目、二丁目の収集所でごみ収集開始
九時一二分 西浦町事業所(清掃工場)へ向かう。
九時三〇分 ごみピットへ一回目のごみ投入
九時五〇分 丸山一丁目、二丁目の収集所に引き返し、ごみの再収集開始
一〇時二〇分 西浦町事業所へ向かう。
一〇時四一分 ごみピットへ二回目のごみ投入
一一時〇五分 東町事業所へ帰る。
一一時三〇分~一二時三〇分 昼食休憩
午後〇時四五分 東町事業所を出発
〇時五五分 丸山一丁目、二丁目の収集所でごみの再々収集開始
一時〇五分 西浦町事業所へ向かう。
一時二五分 ごみピットへ三回目のごみ投入
一時三〇分 西浦町事業所の洗車場で収集車の洗車
一時四〇分 西浦町事業所を出発
二時〇五分 東町事業所へ帰る。
四時三〇分 終業、退庁
(2) 火・木・土
咲ヶ丘一丁目ないし三丁目及び高野台地域のごみ収集(その作業内容はほぼ月・水・金に同じ)
3 本件傷害
(一) 原告は、平成二年三月九日(金)午前八時三〇分ころ、押付圧縮式ごみ収集車を運転し、作業員三上光雄及び同内海太一を乗せて、東町事業所を出発し、月・水・金コースの一番目のごみ収集所から順次ごみの収集を始め、二一番目(<証拠略>)のごみ収集所である船橋市丸山二丁目一一番四号付近路上に至り、同所でごみ収集車を停止させた。
(二) 原告は、同日午前九時一〇分ころ、右ごみ収集所において、運転席から下りてごみ収集作業に加わり、腰を曲げてごみ袋等を手に持ってこれをごみ収集車のごみ投入口に投げ入れる動作を繰り返していたが、その際、腰を曲げてごみ袋を手に持ちこれをごみ収集車のごみ投入口に投げ入れようとしたとき、突然腰部に痛みが走り、腰部捻挫の傷害(本件傷害)を負って、身体を真っ直ぐに伸ばせない状態となった。
原告は、それまで積極的に陸上競技をしていたが、右のような強い腰痛を覚えたのはこのときが初めてであった。
(三) 原告は、その日は、その後ごみ収集車の運転のみに従事してごみ収集作業には加わらず、当日の業務を終えた。
この間、原告は、昼食休憩中に保健室で湿布をしてもらい、午後に三回目のごみ収集を終えて東町事業所に帰った後は、しばらくの間保健室で横になっていた。
(四) なお、腰部捻挫とは、腰椎を支えている部分(椎間板、靱帯等)に何らかの原因で損傷を受ける疾病である。
4 治療経過
(一) 原告は、平成二年三月九日午後四時三〇分の終業後、通勤用の車を運転して船橋市内の二和大仏整骨院(椎名典明整骨師)に赴き、同院で温熱療法や理学療法を受け、冷湿布やさらし固定をしてもらって帰宅したが(<証拠略>)、腰部捻挫により二週間の安静加療を要するものと判断された。
(二) 原告は、翌一〇日(土)は出勤したものの、同月一二日(月)から一四日(水)まで仕事を休み、一五日から再出勤した(<証拠略>)。この間、数回右整骨院に行って前同様の施術を受けた。
(三) 原告の腰部の痛みは一週間位で消退し、そのころから原告は再び陸上競技を始めた。
(四) 原告は、被告の指示により、同年四月四日、船橋市立医療センターにおいて藤川博正医師の診察を受け、腰椎捻挫と診断されたが、当時は既に起床時にわずかな痛みを腰に感じる程度であったため、安静を指示されただけで特に投薬等は受けなかった。
なお、原告は、レントゲン撮影の結果により、第五腰椎分離症の素因があることが判明した。
(五) 原告は、同年四月一一日、再度藤川博正医師の診察を受けたが、既に腰痛は消失していたため、同年四月一二日をもって本件傷害は治癒したものとされた。(<証拠略>)
5(一) 原告は、被告に対し、平成二年六月一五日(<証拠略>)、本件傷害につき、地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定を申請したが、被告は、同年一〇月一日付けで、本件傷害を公務外の災害であると認定する旨の処分(本件処分)をし、その旨を原告に通知した。
(二) そこで、原告は、本件処分を不服として、平成二年一二月二五日(<証拠略>)、地方公務員災害補償基金千葉県支部審査会に審査請求をしたが、同審査会は、平成三年一二月四日付けで、右審査請求を棄却する旨の裁決をし、その旨を原告に通知した。
(三) 原告は、平成四年一月六日(<証拠略>)、右裁決を不服として地方公務員災害補償基金審査会に再審査請求をしたが、同審査会は、同年八月一九日付けで(<証拠略>)、右再審査請求を棄却する旨の裁決をし、その旨を原告に通知した。
以上の事実が認められる。
二 判断
1 本件傷害の発生原因について
右認定の事実によれば、本件傷害(腰部捻挫)は本件公務の遂行によりかつ本件公務の遂行を唯一の原因として発生したものと認められる。したがって、本件公務の遂行と本件傷害の発生との間には条件的因果関係がある。
仮に原告に第五腰椎分離症の素因があったとしても、本件公務の遂行が本件傷害発生の主因となっていることは否定できないから、本件公務の遂行と本件傷害の発生との間には条件的因果関係がある。
2 本件傷害の公務起因性について
(一) 本件傷害が本件公務に起因して発生したというためには、本件公務の遂行と本件傷害の発生との間に相当因果関係の存在することが必要である。
ところで、災害補償制度は、使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質に鑑み、当該業務に内在しあるいは随伴する危険性が現実化して労働者に傷害や疾病が発生した場合には、使用者の過失の有無にかかわらず補償責任を負わしめるのが相当である、という危険責任の法理に基づくものである。
そうとすれば、本件公務の遂行と本件傷害の発生との間の相当因果関係の有無は、本件傷害が本件公務に内在しあるいは随伴する危険性の現実化したものと評価されるか否かによって決すべきものである(最高裁平成六年(行ツ)第二四号平成八年一月二三日第三小法廷判決、平成四年(行ツ)第七〇号平成八年三月五日第三小法廷判決参照)。
(二) そこで、これを本件についてみるに、本件公務たるごみ収集作業は、前記のとおり、通常、腰を曲げてごみ袋等を手に持ちこれをごみ収集車のごみ投入口に投げ入れるという動作を行うものであり、そしてこれを繰り返すものである。
しかるところ、ごみ収集作業における動作の多くは腰を頻繁に使うものであり、それは、たとえそれ自体が過重なものとはいえないとしても、通常、平均的労働者を基準とすれば、腰痛を生じさせる危険性を十分にもっているものである(現に、船橋市清掃センターにおける労働安全衛生委員会作成の「腰痛白書」と題する文書(<証拠略>)によれば、平成五年秋に実施されたごみ収集作業員一二八人に対するアンケート調査の結果は、約五六パーセントの者が腰痛を訴えているというのであり、当時及びそれまでに腰痛を経験した者の約五三パーセントの者がその原因を仕事と答えているというのである。)。
そうすると、本件傷害は本件公務に内在する危険性が現実化したものというべきであり、本件公務の遂行と本件傷害の発生との間には相当因果関係があるものというべきである。
(三) 被告は、「本件公務の遂行(腰を曲げてごみ袋を手に持ちこれをごみ収集車のごみ投入口に投げ入れようとした動作)は原告のごみ収集作業員としての通常の作業動作であり、原告の日常生活上の動作と同じ動作であるから、本件傷害をもって本件公務に内在する危険性が現実化したものとみることはできない。」旨を主張する。
しかし、本件傷害が本件公務に内在する危険性の現実化したものと評価できるか否かは、本件公務の遂行が原告のごみ収集作業員としての通常の作業動作であるか否か、あるいは、原告の日常生活上の動作と同じ動作であるか否かとは直接関係ないものであるから、被告の右主張は採用することができない(本件公務の遂行が原告のごみ収集作業員としての通常の作業動作であり、あるいは、原告の日常生活上の動作と同じ動作であったとしても、本件傷害が本件公務の遂行によって生じたものと認定される以上、右の理由で相当因果関係を否定することはできない。)。
(四) なお、仮に、「業務と傷病との間の相当因果関係の有無は、当該業務が当該傷病を発生させた原因の中で相対的に有力な原因であるといえるか否か、によって決すべきものである。」との基準に従ったとしても、本件公務の遂行は本件傷害の発生の唯一の原因または主たる原因と認められるから、右の基準によっても、本件公務の遂行と本件傷害の発生との間の相当因果関係を肯定することができるものである。
三 よって、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原田敏章 裁判官 木納敏和 裁判官有賀直樹は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 原田敏章)